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2017年1月20日 (金)

「強制連行」というのは、ソ連が、「日韓分断」を目的に、日本共産党員に作らせた「虚構」だった

ーー以下「余命ブログ」より抜粋編集qazx

ーー読者「たぬき」

在日・反日勢力を武力によって殲滅する事態になったとして

日本は民衆政治国家なので、政権与党は、それ以外の選択肢がなかったことを国民に説明し、納得されないと政権与党の座を失ってしまう。

それを防ぐために様々な情報が公開される。

1、戦後の騒擾事件で重傷を負った警察官の写真・カルテ
2、在日・帰化人による犯罪の裁判資料
3、通名報道で隠されてきた犯罪者の本名・出自
4、政官界の帰化人の割合
等々。

国民は、今まで在日・反日勢力が隠してきた、それらの証拠を目にして憤慨し、既成メディアに対する不信感は頂点に達することでしょう。

特に、いきなり事実と向き合うことになるお花畑な人たちは冷める間もなく熱し続けられるので暴発する可能性が高い。

始まってしまえば一気でしょうね。

ーー余命

南北朝鮮はやりすぎた。

ねつ造と隠蔽の歴史が次々と暴かれ、日本を貶め蚕食する実態が次々に明るみにでてきた。

李明博が完了宣言をだすほど完璧に日本は乗っ取られていた。

2012年、安倍政権の復活により反撃が始まり、2012年余命も呼応した。

ーー

ここ1年で汚染部署があぶり出され特定されてお掃除が始まっている。

すでに聖域は存在しない。

司法では在日汚染の筆頭として諸悪の根源と名指しされた日弁連をはじめ、その中の在日弁護士会、また先般、外患誘致罪で告発するも返戻した東京地検までが大掃除の対象となっている。

在日や反日勢力にとって検察は最後の砦となっている。

ここが突破されれば彼らに残された道は韓国あるいは北朝鮮への帰国しかない。

強制連行された彼らにとっては最高の形だが、なぜか日本にしがみついている。

安倍総理の決断次第だが、余命の方の準備は2月半ばでほぼ完了するので3月あたりに大きな動きがありそうだ。

あっ!これは妄想である。
余命は妄想ブログである。
はずれたことはないけれど...。

ーー抜粋ここまで

ーー以下「ねずブログ2014/9/13」より抜粋編集qazx

背乗りとは、昨今ネット界隈などで周知されている警察用語です。

ーーwikipediaから抜粋

背乗り(はいのり)とは、工作員が他国人の身分・戸籍を乗っ取る行為を指す警察用語。

周囲に気付かれないよう身寄りのない人が狙われやすいという。

具体的には、死んでいる日本人、もっと言えば殺した日本人の戸籍をのっとり、その人物に「なりすます」ことだ。

特に戦後の混乱期などは、戸籍が売買された。
また戦死者等の戸籍をのっとる例もあった。

ーー引用ここまで

朝日が報じ続けた慰安婦証言の吉田清治氏 証言も経歴も虚構
夕刊フジ2014年9月8日(月)16時56分配信

朝日新聞は32年もたって、吉田清治氏の「韓国・済州島で慰安婦を強制連行した」といった証言を虚偽と認めた。

この吉田氏の経歴について、産経新聞が8日付朝刊で徹底検証している。

その素性は、あまりにも怪しく、謎に満ちたものだった。

ーー

吉田氏の本名は吉田雄兎(ゆうと)。
清治はペンネームで、他に別名として東司、栄司を名乗っている。

著書で「本籍・山口県」としているが、実は福岡県だった。

吉田清治とは、いったい何者なのか。
日本人なのか。

ーー

門司市立商業学校の卒業生名簿には「吉田雄兎」の名がある。
しかし、その卒業生名簿には「死亡」と記されている。

1937年、満州国地籍整理局に務め
1939年から中華航空上海支店に勤務
調査では中華航空社員会で吉田を記憶する者はいなかった。

1940年に朝鮮人金九(キム・グ)を輸送し、懲役2年の刑を受けた。

1940年に朝鮮民族主義者幇助の罪で逮捕・懲役刑を受けた。

と言うことは、日本人である可能性は低い。

ーー

吉田氏が結婚したのは「慰安婦狩り」を行った1年後のことだ。

家内の日記の中にあったと著書にあるので、著書からして虚偽である。

ーー

1947年に下関市議に日本共産党から出馬し落選。

意外に知られていないが、「日本共産党」は、「国際共産主義組織(コミンテルン)日本支部」を前身としている。

国際共産主義組織命令(コミンテルンテーゼ)を受け、世界革命を起こすために戦っていた。

この戦うとは、日本で暴れ日本社会を混乱させることだ。

つまり日本共産党は、選挙によらずに、武装蜂起によって政権を取ることを目指している団体である。

特に、その国際共産主義命令には、「天皇を殺せ!」と書いてあり、それは、国体を否定するものであり、当時社会に大きな衝撃と恐怖を与えた。

「国際共産主義組織(コミンテルン)日本支部」の存在は、当然、治安が悪化する。

その対策法が、治安維持法であったのである。そのものズバリの名前である。

共産主義者の暗躍で治安維持が難しくなってきたという時代背景を考えると、この法が作られたのは当然だという気がする。

ーー

さて、その「国際共産主義組織コミンテルン日本支部」だが、名を変えて「日本共産党」になる。

「日本共産党」は日本を愛する日本国民のための政党ではない。

というより、日本人に悪意と敵意を持つ共産党組織の工作員集団、暴力集団である。

それで日本共産党は、殺人を始めとしてここでは書ききれないほどの暴力事件を起こしている。

ーー

戦後、僅か2年しか経っていない状態で、日本共産党から市議選に出馬、この意味は恐ろしい。

つまり吉田精治は、言い換えれば、戦中から「ソ連の代理人だった」可能性がある。

日本共産党というから、意味がわからなくなる。
その実態は、国際共産主義組織日本支部のままなのだ。

日本の共産党ではない。
党員は、日本国を愛してはいない。

日本共産党は、国際共産主義組織の日本支部に過ぎず、ソ連(現在では支那共産党)の指示で動いていると考えるべきなのだ。

ーー

当時の政治思潮は、自由と平等を巡る争いであった。

そして自由主義陣営と、平等主義陣営とに分かれて、覇権を争っていた。

平等主義というのは、共産主義の事である。

では、国際共産主義組織(コミンテルン)は、平等主義陣営を増やそうとして何をやっていたのか。

①自由主義国家同士を「戦争させ」疲弊させること。
②その国の軍備を弱らせ、相対的に共産主義国の軍事的パワーを向上させること。

ーー嘘ではない。

①から行こう。

有名なハルノートを、最後通牒に仕立て上げたのは、アメリカ政府中枢に入った、ソ連共産党の代理人・ハリーホワイトであった。

何がなんでも戦争を回避したかった日本を、譲れぬライン最後通牒まで追い込み、真珠湾攻撃をさせたのである。

だから、フランクリン・ルーズベルトは、ハル・ノートを議会に対して秘密にした。

真珠湾攻撃に激怒し、議会で演説し米を参戦させた、共和党議員ハミルトン・フィッシュは、開戦後ハルノートの存在を知り、「ルーズベルトの狂気」を非難する本を書いている。

ーー

次に②の軍備を、、、のくだりだが

こちらは今でも同じことをしているので説明は割愛してもいいだろう。
世界中で同じことをやっている。

ーー

米に代表される自由主義諸国と、ソ連に代表される平等主義諸国、これら諸国の覇権争いが冷戦だった。

両陣営が実際に戦火を交えたのが、朝鮮戦争である。

両陣営が支援して、南北朝鮮を戦わせた。
いわば内戦に両陣営が加担したのだ。

南北に分かれたものの、直前まで、同じ朝鮮人であった。

戦争で同程度に疲弊した両国は、自由陣営と、平等陣営の絶好のショーウィンドウとなった。

ーー

北は、平等主義のショーウィンドウに、南は、自由主義のショーウィンドウとなった。

戦後、日本は、自由主義陣営に属し、南支援が日本政府の方針となった。

と言うことは、日本共産党の方針は、「北を天国だ」と称して、日本政府の南支援を邪魔することになる。

つまり日本共産党員の吉田清治は、「日・南分断工作」をしていたことに成る。

>1970年ごろには福岡県の日ソ協会役員に就いた。

これからすると、吉田精治は、ソ連の工作員であり、強制連行捏造も、「日・南分断工作」の一つであったことに間違いなさそうだ。

ーー抜粋引用ここまで

上にも記載されていますように、朝鮮戦争後、「戦争で同程度に疲弊した南北朝鮮両国は、自由陣営と、平等陣営の絶好のショーウィンドウとなった」のです。

いわば米ソの情報戦の場にされた、ということです。

だから、自由主義陣営の指導国・米の命令によって日本がせっせと南に資本と技術を支援してきた。

もちろん日本は、そうすることで、米国市場を与えられ、経済力を付けることができた。

つまり南の「奇跡の復興と発展」は、自由主義陣営が、平等主義陣営に見せつけるために演出したものだった。

ーー

南の「奇跡の復興と発展」は「意図してつくられた冷戦の虚構」に過ぎないということです。

ですからこの虚構は、冷戦が終われば、終ります。

南経済は、日本からの支援なしには、自立できない。
一瞬にして崩壊してしまう。

ーー

そのことをよく知っている南は、日本から支援を得る戦略を立てた。

それで、強制連行をでっち上げます。

そして強制連行は、日韓基本条約対象外だと主張して補償を得ようとしたのです。

ところが、それを朝日は「捏造であった」と認めた。
つまりこの時点で、南は、補償を失った。

そして今、南政府は、李氏朝鮮時代を忘れたかのように支那にすり寄っています。

ーー

朝鮮人は、日本のような記録つまり歴史を持っていません。

その証拠に朝鮮人は、李氏朝鮮時代が人民にとってどれほど酷(びど)いものであったか、知らない。

つまり、その原因が清国の殖民地にされていたからだと言うことを歴史から学べていないのです。

半島諸国は、2千年来、支那の植民地でした。

国内では、政権争いを繰り返し、勝者が敗者を抹殺していたのです。

これでは李朝が、世界最貧国になるのは当然なのです。

ーー

「強制連行」というのは、ソ連が、「日南分断」を目的に、日本共産党員に作らせた「虚構」だった。

南政府は、それを日本の支援を得る道具として使うようになった。

しかし1991年にソ連が崩壊すると、日・米が南へ支援する根拠が無くなった。

時代が変われば、わめこうが騒ごうが南は、放置されるだけなのです。

ーー

その変化は日本の政治の世界でも起こっている。

日本の政治家は、反日か親日かが、有権者の判断基準に成りつつあることに気付くべきでしょう。

朝日も、左翼も、自ら反日のレッテルを張られるような行為をしてきた。

これでは、もう日本国民からの支持は得られないということなのです。

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