2016年12月 9日 (金)

厚顔無恥「息をするようにウソをつく」民進党蓮舫代表

小生は、謝蓮舫氏が民進(民主)党代表に選ばれたとき、拍手喝采したものだ。

蓮舫を民主党代表にした、前代表岡田氏の大手柄だと思った。

ーー

民主党政権の政治手法は、日本国民を相手にせず、周りの関係者の利益を考えてなされているように見えた。

それも関係者の中に外国人が含まれていることがよく分かった。

これでは日本国民から見放される。

ーー

何しろ政権は国民の利益の代表として選ばれた存在なのだ。

日本国民の利益を代表していないなら、国民からの支持が得られなくなり、政権はもたない。

そして何よりも国民の政治意思を実現する政党として失格だ。

つまり反日政党(日本国民の代弁者ではない)である。

ーー

蓮舫氏は、二重国籍で、民主(民進)党が共産党以上の反日政党であることを明確に示した。

これは、岡田氏の大手柄と言うべきだろう。

ーー以下「産経新聞」より抜粋編集qazx

民進党の蓮舫代表は7日、初の党首討論に臨み、安倍晋三首相への批判を繰り返した。

しかし、議論の前提となる質問は間違いだらけだった。

ーー

蓮舫氏「有効求人倍率は改善されたかもしれないが、東京に一極集中しているからだ。地方に仕事がない」と決めつけた。

だが、有効求人倍率は初めて全都道府県で1以上を達成した。
「地方に仕事がない」とは言えない。

ーー

蓮舫氏は、首相が「強行採決をしたことがない」と発言したとも決めつけた。

首相は今年10月の国会答弁で「強行採決をしようと考えたことはない」と述べただけだ。

一方蓮舫氏が所属していた民主党が、約3年3カ月政権与党であった間に、衆参両院の委員会で計24回も「強行採決」を行った。

ーー

しかも、蓮舫氏は、自身の国籍でウソの説明を繰り返し、今も自身の国籍を証明する戸籍謄本の開示を拒否している。

にもかかわらず、蓮舫氏は首相に向かって「息をするようにウソをつく。昨年、安全保障法制を強行採決したじゃないですか!」と叫んだ。

そして、「気持ちのいいまでの忘れる力を何とかしてくださいよ」と訴えた。

厚顔無恥とは、蓮舫氏のことを言うのだろう。

ーー

ウソを重ねてきた蓮舫氏こそ、都合の悪いことを「気持ちのいいまでの忘れる力」があるようだ。

ーー

「提案型」を自任する蓮舫氏は民進党が長時間労働を規制する法案を提出していることもアピールした。

そして自民党が審議入りを拒否していると主張した。

しかし、国会でその責任を首相に求めても仕方ない。

首相は「私は独裁者ではない。議員立法は委員会で(審議入りを)判断してほしい」と説明した。

法案の扱いを決める権限は立法府の与野党にある。

どうやら蓮舫氏は、「三権分立」を理解していないように見える。

ーー

首相は経済政策への批判に対し、「反省から始まらない限り、皆さんに対する支持は戻りませんよ」と諭すなど、余裕の答弁ぶりだった。

確かに、民主党政権時代、経済が停滞した。

それでも蓮舫氏は「首相の答えない力、逃げる力、ごまかす力。まさに『神ってる』」と。

今年の流行語?を使って“ドヤ顔”を見せた。

ーー

記者団には「自分なりに聞きたいことは聞けた」と自賛し、民進党幹部も「100点だ」と持ち上げた。

しかし記者には民進党支持率が1桁台に沈む理由がよく分かる党首討論に思えた。(酒井充)

ーー

ーー以下「遠藤健太郎ブログ」より抜粋編集qazx

昨日の党首討論を見て民進党は、もう二度と与党になれないと感じた。

あの討論を聞いて、蓮舫代表を讃える国民はいない。

女史が、自分を支持する国民が居ると考えているとしたら、国民を莫迦にしていると断じざるを得ません。

2016年12月 8日 (木)

日本では、強くても非道は決して許されない

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集qazx

日本は明治維新以来、日清、日露を戦い、第一次世界大戦を制し、支那事変、大東亜戦争を戦いました。

大東亜戦争では、何しろ相手が日本の100倍程もの武力をもつ米国であり、負けてしまった。

しかし、日本はアジアに植民地を持っていた英蘭仏には圧勝した。

そして大東亜戦争後、米英蘭仏の「植民地」はなくなった。

もし日本が英蘭仏を相手に戦い勝っていなければ、おそらく今日においてもアジアの人々は、英蘭仏人への隷属を余儀なくされていたのです。

ーー

ちなみに、植民地での有色人種というのは白人によって「痛みを感じない生き物」と信じられていました。

ですから、ムチで叩かれて痛がっていても、それは単なる演技であって、実は、痛みを感じる神経そのものがないと、そのように考えられていたのです。

もしいまの日本が、どこかの国の植民地になるとして、その痛みに耐えられる人は、日本人の中には居ないはずです。

ーー

日清日露をはじめ、支那事変、大東亜戦争の、どの戦いにおいても、日本人の敵は、常に10倍、20倍、甚だしきは100倍の戦力を誇っていたのです。

個々の戦いを見ると、これが白人の戦いであったなら、おそらく、歴史に残り、語り継がれるほどの、勇敢な戦いでした。

日本人兵士にとっては、それだけ過酷な戦いであったのです。

ーー

兜(かぶと)も焦がす炎熱の中で、 敵の屍とともに寝る。

泥水をすすり、野草を噛み、荒れた山河を何10kmも重たい鉄砲を担いで行軍する。

あるいは酷寒の中、汚水に浸かって何日も敵情を視察する。

糧食が尽きてから10日以上も戦う。

こうして多くの日本兵が、青空の中に、海中に、土中に消えていった。

こんな過酷な状況下でも、日本の兵隊さんたちは、現地で、いわゆる略奪や、強姦や、収奪を一切していないのです。

こんな軍隊って、世界の歴史に他にあったでしょうか。

ーー

戦後、在日・反日勢力は、日本の言論界、メディアを支配して、残虐な日本軍の広告・宣伝に余念が無かった。

ところが、そんな広告・宣伝が通用したのは、戦争を知らない人々の間だけだった。

実際に戦った兵を親に持つ日本人は、残虐な日本軍が、在日・反日勢力の広告・宣伝であることを良く理解していたのです。

それは、ネット環境が整うとまず第一に否定されたのが「残虐な日本軍」であったことからも分かる。

ーー

残虐だったと言う日本人には、それでは眼球が栄養になる珍味だからと生きたまま捕虜の目玉をくり抜いて、そのまま生で食べますか?と聞いてみればよいのです。

こんなことは日本人にできることではないのです。

つまり「残虐だったと言う日本人」は、残虐や残酷の意味を、まるでわかっていないのです。

ーー

いまも昔も日本人の願いは、それこそ神話の時代から、一つです。

それは、誰もが豊かに平和に安全に安心して暮らしていけること。

そして、武というものは、平和と道義(正義)の維持ためにこそ存在する、というのが、日本人の思考です。

ーー

支那・朝鮮人は、強ければ非道を行っても許されると考えています。

しかし、日本では、強くても非道は決して許されない。

それは、民衆が指導者を支持する場合に血筋を問題にすることでもわかります。

血筋はその人の祖先が人々の為に尽くしているかどうかが基準になるものです。

それが分かるほど日本には歴史(記録)があるということです。

つまり武家、親方、親分などは、どれだけの人を安全に安心して暮らしていけさせているかで、その価値が決まったのです。

ーー

先日、小野派一刀流の師範の演舞を、生で見る機会がありました。

八段と七段の有段者による、刃引きの剣による演武でしたが、それでも頭部にあたれば、即死です。

木刀や竹刀に比べると剣は薄いのです。

七段の剣が、八段の左腕から外側に流れた瞬間です。

八段の剣先が、七段の喉元を突いていた。

もちろん、寸止めです。

演舞なのに、背筋が凍りつきました。

ーー

何度やっても、結果は同じです。

「どうしてあのようになるのですか?」とお聞きしました。

すると、「刀は歯から身にかけて、微妙に鋭角をなしています。その鋭角を利用して、相手の振り下ろした刀を、体側に滑らせるのです」と、まさに神業です。

これが小野派一刀流というものなのか、と、衝撃を受けました。

ーー

武芸の練達者にかかると、あらゆるものが武器になるといいます。

武芸者は、その武器をまた、限界まで活かし抜く技術を、生涯かけて磨き続けるわけです。

昔の日本人が強かったわけだと思いました。

しかも、その練達の技(わざ)を使って人を殺すというのは、やむを得ない場合に限られたのです。

ーー

武は、どこまでも正しい心を養い、正義を実現するためのもの、というのが日本人の考え方です。

その正義とは、誰もが豊かに安心して安全に暮らせる社会を維持することにあるのです。

信長の「天下布武」も、武によって日本を争いの無い道義が通じる社会にすると言う意味で使われた。

もし、日本人が豊かに安心して安全に暮らせる社会を希求するなら、武を復活させなければならないということに成ります。

ーー

これまで日本人は、10倍、20倍、ときに100倍もの武力を持つ相手と戦ってきました。

それは、日本人同胞が豊かに安心して安全に暮らせる社会を希求してなされたのでした。

武道が、勝つことだけが目的になっているのなら、それはスポーツ競技でしかないのです。

お読みいただき、ありがとうございました。

2016年12月 7日 (水)

加藤氏の敵は日本の中にもいたということになる

ーー以下「JBプレス、古森義久コラム」より抜粋編集qazx

韓国地検による産経新聞支局長起訴事件の陰で、日本側の多数の政治家や元官僚が産経新聞に謝罪せよと圧力を掛けていた。

日本の政治家や元官僚の報道機関に対する圧力の卑劣さ、小賢しさは改めて糾弾されるべきだろう。

ーー

2014年8月、当時の産経新聞ソウル支局長、加藤達也記者が朴大統領の動向について記事を書いた。

それに対し、韓国当局に名誉棄損と断じられ、同年10月に名誉棄損罪で起訴された。

これが、産経新聞支局長起訴事件である。

ーー

加藤氏は出国禁止となり、事実上の軟禁状態となった。

韓国側は翌年(2015年)に加藤氏を被告とする裁判を始め、2015年10月に検察側が懲役1年6カ月を求刑した。

だが同年12月に裁判所は無罪の判決を下した。

ーー

この間、日本政府はもちろん米国政府も、韓国側の措置が「言論や表現の自由への侵害」であるとして、懸念や抗議を表明した。

日本ペンクラブや国際新聞編集者協会も「言論の自由を著しく傷つける措置」だとして批判した。

国際的にみても韓国当局の加藤氏への弾圧は明らかに不当であった。

ーー

だが国内では産経新聞に対して「韓国側に謝罪の意を表明して許しを乞うべきだ」という“助言”が寄せられたのだという。

ーー

11月29日、産経新聞の熊坂隆光社長は以下の様に述べた。

「この事件の過程で驚いたのは、意外なほど多数の日本側の政治家、元外交官、評論家というような人たちが、産経新聞に対して『韓国側に謝罪の意を表明すべきだ』と持ちかけてきたことだった。

社長の私がソウルへ行って一言でも謝れば、韓国側は加藤記者の起訴を取り下げ、日本への帰国も許すだろうというのだ。

ソウルへ行けないのならば、東京の韓国大使館を訪れて『遺憾』という言葉を述べるだけでもよい。

その謝罪を内密にしてもよい。

そんなことを伝えてくる日本の政治家たちがあとを絶たなかった。

有力な政治家たちも含まれていた」と。

ーー

加藤氏の敵は日本の中にもいたということになる。

この話は、加藤氏の著書が、PHP研究所の「山本七平賞」を受賞した、受賞パーティーで受賞を祝う挨拶でなされたものだった。

加藤氏の著書とは、『なぜ私は韓国に勝てたのか』(産経新聞出版2016年1月出版)だった。

ーー

産経新聞が裁判を争わず、韓国側に謝って、パククネ大統領の不当な弾圧を是と認めていたら、産経新聞は、多くの読者を失っていたことだろう。

現にいま、パククネ氏が私的側近への利益供与疑惑で、辞任へと追い込まれようとしている。

この事実を踏まえると、産経新聞に謝罪せよと迫った政治家や元官僚・評論家はいまからでもその非を追及されて然るべきである。

ーー

47 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@\(^o^)/:2016/12/06(火) 01:09:39.13 ID:5jFZATdT.net

産経はものすごく強力なカードを握ったんだから
安易に使っちゃダメだろ
このカードを使えば連中を叩き伏せられる

48 名前:卓袱台返し ◆SXM5MEwzhk @\(^o^)/:2016/12/06(火) 01:09:52.54 ID:XxgRDhP2.net

あと、日本の政治家に「謝罪すれば、加藤記者の起訴を取り下げ、日本への帰国も許す」という話をした韓国人がいるはずだね。

50 名前:<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@\(^o^)/:2016/12/06(火) 01:11:32.23 ID:As1fygC9.net

にしても韓国の連中は、大統領の疑惑を記事にした産経支局長を吊し上げていたくせに、今度はその疑惑でもって大統領の退陣デモをやってんだから、訳が分からないよな

2016年12月 6日 (火)

単に、起訴状を書いて、論告すればそれで終わりではありません

ーー以下「余命ブログ」より抜粋編集qazx

ーー読者「ひょうげ」

視点を変えて、述べさせていただきます。

オーム真理教事件を念頭にお考えください。

相手は武装集団であり、殺されたものも多数いました。

当時、相手が武装集団であり、下手をすると担当者が殺されかねないという状況でありました。

従って武力攻撃に備えたうえで、各検察庁の検察官、検察事務官、警察署や拘置所等の職員も応援のもと、被疑者、関係者の取り調べが行われたと推察しています。

裁判所、弁護士、拘置所職員、警備担当者との打ち合わせのほか、万全な警備を実施した。

刑務所とは判決後の刑の執行までの道筋まで検討していたと想像しています。

ーー

こうした目に見えない部分があるのです。

単に、起訴状を書いて、論告すればそれで終わりではありません。

ーー

担当の検察官、検察事務官の身の安全確保は当然であります。

さらに重要なことは、そのご家族や上司の安全確保も必要だということです。

また、裁判官、裁判員、裁判所職員、警察署職員、拘置所職員、その所属の長及びそれらすべてのご家族の身の安全確保も必要です。

これらすべてにおいて、検察庁が重要な役割を担います。

ーー

「外患罪での告発」で事が進まないのは、相手が武装を隠している集団である可能性があるということです。

それに、朝鮮人の民族性にも考慮しなければならないでしょう。

かって朝鮮人らは、官公署職員に対して集団で暴力行為に及んだ過去があるのです。

それにまだ敵味方が判然としない部分が多い。

つまり、外患罪を起訴するにあたっては、担当部署職員の職務遂行は、オーム事件以上に困難を極める可能性がある。

ーー

私たちにできることは、最高検察庁を通じて検察官、検察事務官等に応援する・支持するという内容を伝えることでありましょう。

また、関係機関である法務省、特に、その長である法務大臣に、検察庁への万全な支援態勢を構築していただくよう要請をすることだと考えています。

ーー

ーー余命

余命の読者は冷静だからな。

まず事象を疑ってかかる、そして必ず裏を読み分析し、その狙いを考える。

このあまりにも稚拙で異様な返戻(へんれい)理由の意味するものは何だろう?

と読みを入れると、ある伝言内容が見えてくる。

もう一度返戻文書を見てみよう。

ーー東京地方検察庁特別捜査部 平成28年11月11日

書面の返戻について
貴殿から送付いただいた書面には「告発状」との記載がありますが、捜査機関に対し犯罪事実を申告して捜査及び犯人の処罰を求める場合、単なる事実の申告のみでは足りず、刑罰法令が定める構成要件に該当する事実を具体的に特定し、かつ、その事実を具体的な証拠によって疎明していただく必要があるところ、同書面には、それらの記載がありません。

また外患誘致罪とは憲法で保障されている表現の自由との兼ね合いにより、予備や未遂についても発言等のみを捉えて適用するような犯罪ではなく、更には犯罪事実から導かれた、かなり具体的な外国からの武力行使(戦闘行為)の事実(もしくは武力行使しようとした事実)との因果関係の証明が必要となります。

よって、これまで送付いただいた書面は当庁において受理することはできませんのですべて返戻いたします。

ーーここまで引用、以下余命

今回の告発は、事実関係で争いのない事案に絞っている。

それについて地検は「単なる事実の申告のみでは足りず」という表現で告発事実を認めているのである。

また「因果関係の証明が必要となります」とあるが、これは告発の前提として証明されていることである。

つまり、現状、外患罪が適用下であることを否定していない。

外患罪適用下であれば、日本と日本人を貶める行為はすべて告発対象となる。

「どんどん告発して欲しい」という内容の伝言(メッセージ)だとすれば、究極の「実は...」となるな。

2016年12月 5日 (月)

これまで送付いただいた書面は当庁において受理することはできません

ーー以下「余命ブログ」より抜粋編集qazx

東京地方検察庁特別捜査部        平成28年11月11日

書面の返戻について

貴殿から送付いただいた書面には「告発状」との記載がありますが、捜査機関に対し犯罪事実を申告して捜査及び犯人の処罰を求める場合、単なる事実の申告のみでは足りず、刑罰法令が定める構成要件に該当する事実を具体的に特定し、かつ、その事実を具体的な証拠によって疎明していただく必要があるところ、同書面には、それらの記載がありません。

また外患誘致罪とは憲法で保障されている表現の自由との兼ね合いにより、予備や未遂についても発言等のみを捉えて適用するような犯罪ではなく、更には犯罪事実から導かれた、かなり具体的な外国からの武力行使(戦闘行為)の事実(もしくは武力行使しようとした事実)との因果関係の証明が必要となります。

よって、これまで送付いただいた書面は当庁において受理することはできませんのですべて返戻いたします。

ーーここまで引用、以下余命

現在、第一次告発、第二次告発が終了し、来月早々に第三次告発作業に入るが、先日、第一次分が返送されてきた。

この返送に添付されてきた書面(上掲)が凄い。

少なくとも公式文書である以上、受付番号あるいは受理番号等の記載と扱い担当部署、そして最低公印でなくても受付の検印くらいは必要であろう。

他の事例を見るとそれはみなきちんとしている。

ところが、今回はそれが全くない。

どこの誰が扱ったのかが全く不明なワープロ文書である。

公的証拠としては全く使えない代物だ。

ーー

そして一番の問題はその内容である。

大和会では、この文書が異様な形式のため内容よりは、まず真偽の問い合わせをするという。

また、前回、横浜地検での不受理の件では、その却下理由の文書さえ出ていない。

これも文書で明示するよう申し入れることとなった。

今回はこの返戻理由書の内容についてどこが間違っているかのテストである。

この件は特にコーナーを設けるのでどんどんコメントをお寄せいただきたい。


ーー以下「余命ブログ」より抜粋編集qazx

ーー読者「やっくん」

「疎明」と「証明」

「その事実を具体的な証拠によって疎明していただく必要があるところ、同書面には、それらの記載がありません」の部分。

たしか、外患誘致罪を定めた刑法の規定には「通牒して」という文言があったと思いますが、この部分の疎明がないということだと思います。

「証明」は捜査して上がってきた証拠を基に事実を明らかにすることを言いますが、「疎明」はそれほど厳密な形式を必要としないまでも、その事実があったかもしれない、と思わせる程度の資料を提示することです。

要は「端緒」として使える程度のものですね。

だからたとえば朝日新聞のケースなら、先日明らかになったトンネル政治資金団体を通じて、韓国の市民団体に120万円を送金してたなんてのも、疎明の資料として使えると思います。

意思の疎通なくして120万円送金なんてあり得ませんからね。

ーー余命

貴殿は大丈夫かね。

外国人生活保護も朝鮮人学校への補助金支給要求も現実に行われているから告発しているのだ。

疎明も証明も必要がない。

ーー読者「ミカンの実」

返戻(へんれい)は地検のさらなる時間稼ぎ、および、内部の反日探しでしょう。

組織というものは、なかなかしぶといし、難しいですけど、一旦味方につけると、これほど心強いものもないです。

東京地検に対して、「名誉の成果をあげる千載一遇の機会!」とすれば、外患罪はまた違った輝きが出ます。

実際そうでしょ?これ、検察にとっても、ものすごい機会ですよね?

売国奴は死刑でいいです。

ーー読者「加藤」

このままやり過ごそうとすれば心ある多数の日本国民を敵に回すことは自覚していることでしょう。

「本当にお前は日本人であるのか?」

と胸元に突きつけられた刃を前に、いずれ跳ね除けることも沈黙し続けることも不可能となるに違いありません。

ーー余命

地検内部からの匿名情報が増えてきた。

本日、返却された告発状に関する具体的な情報について投稿があり、急遽、全チェックしたところ、驚いたことに、まったく指摘のとおりであった。

現状では、特定される可能性があるので、すべて公表するわけにはいかないが、こういうことで検察内部の状況が推察できるだろう。

花時計女性軍団の蓮舫刑事告発の件は、一度却下されたが、すぐさま再告発している。

今までは、不受理や却下の段階で、ほとんどの場合、あきらめて終わっていたが、時代が大きく変化している。

国難にあたっては世界中どこの国でも女性パワーだな。

再告発については、もうかなり時間がたつのに、反応がないそうだ。

今回はどんな理由付けで来るか楽しみだな。

ーー読者「どんたく」

返戻(へんれい)は読み通りでしたね。

家族の者と話しましたが、当然の対応だと言うことです。

外患罪は明治時代に作られて適用例がない。

それに加え外交も関係する。

中国・韓国・北朝鮮と紛争状態にあるなんて、検察が判断を下せるわけがない。

たとえ地検が判断しても政治家が梯子を外せば、地検が非難される。

それらの事情もあるのではないでしょうか?

東京地検でこういう対応なら、他の地検でもおなじ結果でしょう。

ーー

2010年9月、中国人船長が尖閣諸島で海保に逮捕されました。

それを、地方検察庁に過ぎない那覇地検が外交上の配慮を理由に処分保留にし、釈放になりましたよね。

尖閣諸島の件は、当時与党の民主党の上層部が圧力をかけたからです。

これらを総合してみると、外交的政治的案件にはケツモチ(支持してくれる)の政治家がいるかどうかに尽きるのではないでしょうか?

(民主党は那覇地検が独自で判断したと言っていますが)

ーー

なので今回の件は、余命様がおっしゃるように最終的に安倍総理の判断を仰ぐことになるでしょうが、他の保守政治家を巻きこんでの運動に持って行きたいものですね。

数は力、この動きを支持してくれる政治家を味方につけることが必要なのではないでしょうか?

ーー余命

告発状の不受理を想定して、すでに関係記事をアップしている。

「1324 外患罪と尖閣漁船事件」を参照されたい。

今回のケースとまったく同じ展開で進んでいるが、前回と違うのは政権が安倍政権で国民が覚醒し始めていることだ。

2016年12月 4日 (日)

世界の人々が日本に憧れる本当の理由は何か?

韓国でパクチョンヒ(朴正煕)の娘パククネが大統領選で選ばれたとき、筑波大学・古田博司教授は、「親日家だった父に従い女史は対日関係を改善するはずだ」と書いた。

一方朝鮮系日本人呉善花氏は、「反日教育に染まった彼女は反日を激化さすはず」と全く逆の予想をした。

大統領になったパククネは、反日を激化させ、海外に行くたびに日本の悪口を告げ口したのだった。

朝鮮学者古田氏は予測を大きく外したのだ。

正しい予測をした呉善花氏は、山本七平賞の選考委員をしている。

ーー山本七平氏の業績 

山本七平氏の著作、評論活動は、一貫して、日本人とは何か、日本とは何かを追求したものである。

そして、自らの体験を通して、あるいは徹底的に文献を検証しつつ、日本人の行動様式や価値観、行動原理を明らかにしてきた。

特に、イザヤ・ベンダサン著『日本人とユダヤ人』の翻訳発刊に当っては、真の著者探しとあいまって、ユダヤ人との比較によって浮き彫りにされた戦後の日本人の行動や発想の奇妙さは、読む人に改めて新鮮な驚きを与えた。

この他にも、日本人の物事の決め方を著した『「空気」の研究』や、自らの軍隊の体験から日本人の本質をえぐり出した『私の中の日本軍』、『一下級将校の見た帝国陸軍』。

また、日本人の勤労観、仕事感をみごとに描ききった『勤勉の哲学』や『日本資本主義の精神』などをはじめ、指導者のあり方や、生き方の指針となる著書を数多く著している。

こうしたさまざまな著作と共に、山本氏は、戦後一世を風靡した進歩的文化人の欺瞞性に対する冷徹な批判の眼をもって、その言論を批判し続けてきた功績は大きい。

ーー引用ここまで

「戦後一世を風靡した進歩的文化人の欺瞞性」を、在日・反日勢力が支配する言論界で発表することがどれだけ大変だったか。

これは、ネット環境を得た現在からは想像を絶する程の偉業であったのだ。

その偉業を讃えて作られたのが、山本七平賞であると小生は理解している。

つまり山本七平賞の対象は、在日・反日勢力が決して書かない内容なのである。

以下は呉善花女史の新著に対する宮崎正弘氏による書評である。

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集qazx

呉善花『なぜ「日本人がブランド価値」なのか』(光明思想社)

今やネット環境から世界を知ることができる。

ニューヨーク、ロンドン、パリ、ローマの街角をみたり、欧米の観光地を見ることもできる。

そして日本の都会や観光地と比較することも出来る。

そうして見て見ると、日本のどんな田舎であっても、自然の豊かさ、美しさで負けていないことが分る。

ーー

そしてネット環境では、欧米の観光客が日本に来て、絶賛しているコメントにも触れることができる。

日本がどこへ行っても清潔で美しく、日本人が優しくもてなしてくれる、それに料理も上手いと絶賛しているのだ。

さらには、日本の伝統文化の紹介も、欧米人自身によって盛んになされている。

ーー

このような日本文化をネットで見て、魅せられたという欧米人たちが、日本に押し寄せるようになった。

そして観光地の景色に浸りながらスケッチをする人、詩をつくる人がいる。

日本酒の銘柄を捜す人や、寺院で瞑想にふける人がいる。

団体ツアーよりも個人旅行、日本人でも行かないような山奥や、観光地化していない田舎に出没する片言の日本語組。

ガイドブックにでていない旅行情報、安いホテル情報をかれらはネットで調べ、その口コミを頼りにやってくる。

ーー

世界の人々はなぜそれほどまでに日本に惹かれるのか?

彼らが日本に憧れる本当の理由は何か? 

本書はその疑問に答えてくれる。

ーー

許世偕氏は元台湾駐日大使なのだが、評者は引退後も日本に来られる毎にお目にかかっている。

その際「日本語、英語、北京語と言語が異なるのに、孫同士のコミュニケーションはポケモンで成り立つ」のだとおっしゃった。

ポケモンGOブームの遙か以前のことだった。

ーー

その時は漫画やアニメとかを日本文化としてもらっては困るなぁと考えていた。

しかし黄女史は、「もしゴッホやゴーギャンが生きていたら、漫画を書いていたでしょう」とルーブルの学芸員に言われたと書いている。

ーー

黄女史は、日本と支那と西洋の庭園に対する考え方がたいそう異なるとして、庭園の作り方についても解説している。

評者(宮崎)も支那の、たとえば蘇州の「名園」をたくさん見学してきた。

それで、この点には大いに同意できる。

日本の庭園には自然に包まれたような風情を感じるのに、支那の庭園には、奇岩だらけだったり、広いだけだったりで何の風情も感じなかったのだ。

ーー

その差に注目して、呉さんは秋田県大湯にあるストーンサークルを例に持ち出す。

ーー

「日本庭園の、石を立てたり組んだりすることのルーツはどこになるのでしょうか」

「それは大陸文明が伝わる以前、さらには農耕文化がはじまる以前の、縄文時代の文化に求めることが出来ます」

「(ストーンサークルの)多くが自然の神々の祭場跡と推測されています」

「古くから日本人は、海や川、山にある天然の石に、その彼方からくる神が宿るとして神意を感じ、「磐座」(いわくら、神が宿る所)として祀ってきた歴史があります」

ーーそしてこうも書いている。

「伝統的な日本庭園は、自然との間に作庭者の見立てという見えない橋が架かっており、その見立ての妙にこそ、生命があると思います」

「日本の庭というものは、天然自然との間に見立てという精神の橋を架けることで出現する、『もう一つの自然』なのだといえるでしょう」と。

ーー

本書で指摘されているように日本庭園は美意識が優先され、自然との調和がなによりも尊ばれた。

江戸初期に小堀遠州が造作した庭園は庭師によって400年後の今も美しく維持されている。

京都南禅寺や醍醐寺の庭園も見事というほかないが、これらも、庭師の存在が無ければ、もうただの林に成っていたことだろう。

大勢の庭師を雇い広大な庭の維持管理をするのはとても費用が掛かるのだが、それが当たり前にできているのが文化というものなのだ。

それに優れた庭師が脈々とその技(わざ)を伝承してきたことも称賛に値するだろう。

こうした文化の存在を朝鮮育ちの人物の口から発せら無ければならない状況が今の日本に起こっているということだ。

(日本人は自国の自慢さえできない状況に置かれている)

ーー

三島由紀夫の最後の作品『天人五衰』(『豊饒の海』第四巻)の最後の場面も円照寺の静寂を極める庭園の描写である。

明日香の石舞台、亀石などは千年以上前の古墳なのだろうが、今は、自然の背景の中に、まるで飾られたかのように存在する。

その神々しさで、似ていると思ったのは、マルタ島にいくつも残る巨石神殿だった。

ーー

そして呉さんは「(日本の)ソフトアニミズムは世界性をもっている」という。

物に命が宿るとする考えがアニミズムなのだが、

「未開社会に特有なアニミズムの世界では、たとえば人形を作れば、それは人の魂を移らせる呪術行為となります。こうした感覚があまり強ければ、いつまでたってもアニミズムの世界から抜け出ることはできません」

「しかし、その世界を完全否定するのではなく、ソフトに和らげた感覚をもって生かしながら文化をつくっていこうとするのが、日本に特有なソフトアニミズムです」

ーー

日本文化は女史にとっては異文化である。

女史の評論はその異文化を表現しようとする努力の結晶であろう。

日本人は女史の表現の中に新たな日本を発見する。

2016年12月 3日 (土)

日本の現代中国研究の進展を疎外しているのは、左派と『進歩的文化人』たちの跋扈である

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集qazx

楊海英編『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』(集広舎)

表題の「フロンティア」とは何か。

それは「地方と中華人民共和国の周縁部に住む中国人以外の少数民族(キリスト者も含む)」のことを意味する。

編者の楊海英教授曰く、「日本の現代中国研究の進展を疎外しているのは、左派と『進歩的文化人』たちの跋扈である」と。

そして彼らこそ、「中国人民の敵である」のだと手厳しい。

ーー

日本の支那研究家は、文革で少数民族がどれほど悲惨な目にあったかを真面目に研究してこなかったのではないか。

「今日まで多くの文革研究の成果が上梓されてきたが、地域的には主として北京や上海、武漢や広州といった大都市に焦点を当てたものが大半である」

「内容も毛沢東とその周りの大物政治家を軸とした書物が主流をなす」

そのような傾向が歴然としている学界へ、本書は真っ正面から挑戦する。

「マルクスの仮説と漢籍の毒素で頭脳麻痺に陥っている日本の現代中国研究者たちはぜひ自分の思想的な変遷を総括しながら文革を再認識してほしい」と。

ーー

たとえばモンゴル。

ハラバルは「モンゴル人大量粛清運動の政治的背景に関する一考察」のなかで、「ウラーンフーの一派が共産党に利用され尽くした挙げ句に粛清された」と書いている。

「文革中にもモンゴル人が大量虐殺された背後には、間接的な対日精算の政治的意図もあった」

「同時代の日本はそうした大量虐殺の事実を知らずに、ひたすら北京を称賛していた」

ーー

それはいったいなにゆえなのか、と行間には怒りが籠もっている。

当時、マオイスト礼讃をどなっていたニセ知識人の筆頭がサルトルだった。

そのサルトルを崇めていた馬鹿が日本には多かったのだ。

ーー

そして楊海英教授は次のように訴える。

「中国政府と中国人は自らの内部においては、文革を部分的に精算したかも知れない」

「が、こと異民族に対しては、一度も真摯な態度で対応してこなかった」

「それどころか、逆に文革的な支配方法を強化して、正当化している」

それゆえ「民族問題も先鋭化し、解決の見通しがたっていない」

ウィグル、チベットについても、同様のことが起こっているのである。

ーー

このような真摯な取り組みの研究書が多くの読書人の興味を惹き、ひろく読まれるべきだと思った。

2016年12月 2日 (金)

ワシントンの汚職と特別な利害関係の一掃でキッシンジャーは影響力を失う?

反北京政府サイトは、次期米大統領トランプ氏は、賄賂が効かない政権を作り上げるはずだと書いている。

これは、北京にとってはとても扱いにくい政権だということに成る。

ということは、オバマ政権は現豪州政府同様、北京政府からのカネまみれになっていたことに成る。

特にキッシンジャーが米支間で甘い汁を吸っていたことが、すでに周知の事実であったことは驚きであった。

つまりトランプ氏の登場で米支関係は確実に変わると反北京勢力は見ているということになる。

ーー以下「大紀元日本2016/11/28 13:41」より抜粋編集qazx

ドナルド・トランプ次期米大統領は21日、就任後100日間で実施する行動計画を発表した。

そのなかの優先6項目のうちの一つが、政治倫理改革だ。

トランプ氏は、既得権益政治の打破を実施しようとしているのだ。

ーー

シドニー支那領事館の元外交官・陳用林氏曰く、

「これは支那共産党政権が西側諸国に及ぼす影響力に打撃を与えうる措置になるだろう」

「欧米諸国に対する支那共産党政権の積極的な働きにより、各国の政界に腐敗が蔓延した」

「キッシンジャーは在任中に築き上げた人脈を利用して、支那共産党政権の利益のためにロビー活動を続けて、アメリカは国益を大いに損なった」

(ヘンリー・キッシンジャー:元米国務長官)

「彼はその見返りとして、支那から計り知れないほどの恩恵を受けた」と。

ーー

トランプ氏は選挙時の公約どおり、米政府職員の腐敗を防止する策を提起している。

それが「ワシントンの汚職と特別な利害関係の一掃」だ。

この計画の一環として、ホワイトハウス高官や議会高官が退職後5年以内にロビイストになることを禁止する。

ほか、行政官が外国政府のロビイストになることについては無期限で禁止することも求めている。

ーー

陳用林氏は「米国人はすでに政界の腐敗に気づいている」という。

もしトランプ氏が正式な立法措置に基づき反腐敗措置を促進するならば、支那の影響力に打撃を与えることになる。

「支那外交部に所属していた時に既に知っていたことだが、支那政府は米国内に多くのロビー会社を抱え、米国の国会議員に対しロビー活動を行っている」

「そのために多額の費用をつぎ込んでいるが、これらは実のところ米国政界に対する賄賂に他ならない」

「そして彼らが支那政府のために活動すれば、米国の国益が損なわれることになる」

「私はトランプ氏が今回の(腐敗撲滅)措置を取ると知り、本当にうれしく思う」

と語り、トランプ氏が今後、政治倫理改革を推進することについて強い期待を寄せた。

ーー

しかし、氏が現在居住する、オーストラリアについて、「豪人はまだ政界腐敗の深刻さをきちんと認識していない」と述べた。

(氏は、豪政府から保護ビザを発給されている)

例としてアンドリュー・ロブ氏を挙げた。

ロブ氏は、昨年10月にオーストラリア貿易投資大臣を辞職し、政界から引退した。

ロブ氏は複数のロビー団体に所属しており、この8月、支那の嵐橋集団(Landbridge Group)上級経済顧問に就任した。

その目的は、ロブ氏の影響力を見込んで豪政府内でのロビー活動をさせることにあると説明した。

ーー

また、ロブ氏はその在任中に、豪政府に対し、嵐橋集団とダーウィン港管理契約を結ぶよう強く働きかけた人物である。

結局豪政府は支那軍とのつながりも囁かれる支那企業にダーウィン港を99年間貸し出す契約を交わした。

ダーウィン港は豪州北海岸線の戦略拠点として極めて重要な位置にあり、海運物流の拠点として年間340万トンもの貨物を扱っている。

また在豪米海兵隊の駐留拠点もすぐそばにあるため、米国は豪州政府のこの処置に強い不快感を示した。

ーー

豪には、内閣の『政府職員は、辞職後1年半はロビー活動を行ってはならない』という規定がある。

ロブ氏はこの規定に明らかに違反しており、マスコミにもそれを暴露されたが何の懲罰も受けていない。

豪政府はこの規定を無視している。

陳用林氏は、「豪州政府には支那政府の影響力が深く浸透している」と指摘した。

(翻訳編集・島津彰浩)

ーー抜粋ここまで

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集qazx

藤井厳喜『トランプ革命で復活するアメリカ』(勉誠出版)

11月22日、トランプはクリントンへの訴追はしないと寛大な発言をした。

しかしヒラリーの犯罪の本質に横たわるのは「国務省を『クリントン商事』に変えた」ことなのである、と藤井氏は言う。

「彼女のやり方は、まさに売国奴そのものといっても過言ではない」

私的に使用したというmailの中味を公開しないのは、外国政府と献金と引き替えに政治取引をしていたからだ。

問題にならないのは、「主流メディア」が意図的に伏せているか、あるいはその深刻な内容を報道しないからだ。

ーー

16年6月27日、クリントン夫妻はロレッタ・リンチ米司法長官と秘密裏に30分間、会談していた。

「クリントン夫妻の周辺では、50人近い人間が不審死を遂げている」
「そうとう強い言葉でリンチ長官を脅迫恫喝した模様である」

その背景を知るリンチ長官が震え上がったとする推測記事がミニコミやネットに流れた。

ーー

王文良なる人物は、「クリントン夫妻が主催するクリントン財団に200万ドルを寄付していた」。

すでにクリントンと支那の腐臭にみちた関係はビル・クリントンがアーカンソー州知事時代から始まっていた。

インドネシアのリッポ(支那人)は96年の大統領選挙で相当額の献金をしていた。

この支那人集団は「支那共産党政権とクリントン夫妻を結ぶ役」だったと藤井氏は分析している。

「支那の黒資金とクリントン夫妻の関係は、極めて長い腐れ縁がある」

ヒラリーが国務長官時代には、「クリントン財団の収入の40%は、外国から」だった。

だからトランプは訴えた、「政府高官は辞任後五年間、外国ロビィをしてはいけない規律をつくる」と。

ーー

「彼女と直接、面談した人間および事前に計画された電話での会談をしたものの55%がクリントン財団の献金者となっていた」

「これらの85人の個人がクリントン財団に献金した総額は、なんと1億5600万ドル」

これではアメリカはまるで提示された金額を見て許認可をしている支那と同じではないか。

本書にはアメリカの権力周辺の内部情報がやまのように詰め込まれている。

2016年12月 1日 (木)

その精神はとても崇高なものであった

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集qazx

田中英道『日本の戦争 何が真実なのか』(育鵬社)

在日・反日勢力は、占領軍に協力し利権を得た敗戦利得者であった。

ネット環境ができて、ネット住人はその事実を知った。

つまり戦後の論壇を壟断していたのは、言論界・メディアを支配してきた在日・反日勢力、つまり『考えない草』たち、似非知識人だった。

ーー

在日・反日勢力は自由主義者(リベラル、左翼)に成りすまし、日本の伝統や文化、男女差までも攻撃対象にしてきた。

つまり、彼らは、日本や日本人に対して悪意を隠し持った、学者、政治家、報道記者(ジャーナリスト)だったのだ。

こうして、日本の知的空間は絶望的ともいえるほどに荒廃した。

ーー

歴史学会の知の荒廃も凄まじい。

自称史家、作家が日本の歴史を、悪意を持ってひたすら貶(けな)し続けたのだ。

ーー

しかし先人が書き残した記録を謙虚に読めば在日・反日勢力が宣伝していた「歴史」とは別の史実が見えてくる。

日本は神武以来、一度も外国を侵略してはいないのだ。

秀吉の朝鮮征伐も、台湾への出兵も史実を丹念に読めば、侵略ではない。

朝鮮合邦は朝鮮人の要望を渋々受け入れた結果であり、満州の建国は五族共栄の理念によった。

大東亜戦争は米欧に仕掛けられて、致し方なく、立ち上がったことが読み取れる。

ーー

戦争の真実はどこにあるのか?

田中氏は古代から近・現代までの日本の対外戦争史を辿ってる。

それは、これまで、在日・反日勢力が、主張してきた侵略を謬説だと退けるものである。

これまでの日本の対外戦争は、徹頭徹尾、防衛的なものであった。

日本は『専守防衛』に徹していた。

それを記録を用いて描き尽くしている。

ーー

白村江から「刀伊の入寇」。

(刀伊の入寇(といのにゅうこう)は、寛仁3(1019)年に、女真族(高麗人は女真を刀伊と呼称した)を主体にした海賊が壱岐・対馬を襲い、更に筑前に侵攻した事件)

そして元寇、秀吉の朝鮮征伐。

薩英戦争、下関戦争は英国の侵略に対して立ち上がり、事実上は日本の勝ちであった。

なぜ教科書では負けたことになっているのか?

ーー

日清・日露は「嘘つき」の司馬遼太郎でも防衛戦争であることを認めざるをえなかった。

第一次大戦は日英同盟の結果であり、第二次世界大戦は欧米の理不尽な侵略にやむにやまれずたちあがったものだった。

その精神はとても崇高なものであったと、著者は書いている。

「キリスト教を布教され、植民地化されるひどい状況に置かれるということを(宣教師の言い分や遣り方をみていて)信長も秀吉もよく知っていた」

キリシタンバテレンにそまった大友藩などでは神社仏閣を破壊し、異教徒の女性を拉致して外国へ売った。

バテレンたちは、やがて侵略に備える下準備、その工作のために派遣されてきたスパイでもあった。

信長も秀吉も、そうした認識が出来ていた。

ーー

したがって朝鮮をたすけるために進出しても、

「侵略をしないというのは『刀伊の入寇』、『元寇』の後の日本の動きからも明らかである。

賠償を求めたり、土地を奪ったり、攻めて支配するということは一切しなかった。

対馬から向うへ追い返したら、それ以上は何もしなかったのである。

西洋人が戦争に勝ったときのように、相手に対して多額の賠償を要求し、さらに占領して搾取しようとするこというはなかった。

植民地化し、略奪・収奪して利益を得るといった西洋の方法はとらなかったのである。

こうした日本人の態度は、西洋的な侵略とは異なる態度だ」

ーー

第一次大戦中、マルタに送られた日本軍は日英同盟によって艦船の護衛に当たった。

ドイツのUボートの潜水艦攻撃を受け、59名の日本軍人が犠牲となった。

その慰霊碑はマルタの英国海軍墓地の中央部にある。

日英同盟の結果、介入せざるを得なかったからだ。

ーー

ドイツが濡れ手に粟で占領していた山東半島から南太平洋の島々を、日本軍はつぎつぎと落としていった。

「アジアにおけるドイツの権益を合法的に奪った。これを単なる漁夫の利だという人もいるが、日清・日露戦争を利用してドイツがアジア周辺で占領していったものを日本が粉砕した」のである。

ーー

読了後の精神作用は爽快そのもの。

漠然と抱いてきた日本人の直感、その信念を、『嗚呼、やはりそうだったんだ』と、より強固にさせる読み物となった。

2016年11月30日 (水)

無知は自由(リベラル)に弱く、自由主義者(リベラル、左翼)は無知につけこむ

ーー以下「宮崎正弘ブログ、書評」より抜粋編集qazx

吉田好克『言問ふ葦  私はなぜ反「左翼」なのか』(高木書房)

世の中の真理とは戦争はなくならないこと。

平和を欲するなら戦争に備えよというのが正しい。

しかし、日本の言論界は長い間この事実を無視し続けてきた。

ーー

伝統や文化はそれなりの理由があって出来上がったものだ。

男女差などは、それを無くせば人類が危機に瀕するような人類の未来を決するほどの大切な差なのだ。

そしてそれは人類が存続する以上無くそうとしても無くすことはできないものだ。

ーー

しかしあまり考えない人は、自由に生きることは正しいと考える。

それ故に、自由主義者(リベラル、左翼)があらゆる束縛からの自由を主張すると拍手喝采する。

「無知は自由(リベラル)に弱く、自由主義者(リベラル、左翼)は無知につけこむ」

伝統や文化、男女差までもが自由主義者の攻撃対象になっている。

ーー

しかし、そんな自由主義者を調べてみると在日・反日勢力であることが分り、彼らの悪意を知ることに成る。

このような、日本の伝統や文化に悪意を持つ人々が、日本の言論空間を久しく支配していたのである。

在日・反日勢力は、占領軍に協力し利権を得た敗戦利得者であった。

ネット環境ができて、ネット住人はその事実を知った。

つまり戦後の論壇を壟断していたのは、言論界・メディアを支配してきた在日・反日勢力、つまり『考えない草』たち、似非知識人だった。

ーー

在日・反日勢力は自由主義者(リベラル、左翼)に成りすまし、日本の伝統や文化、男女差までも攻撃対象にしてきた。

つまり、彼らは、日本や日本人に対して悪意を隠し持った、学者、政治家、報道記者(ジャーナリスト)だったのだ。

こうして、日本の知的空間は絶望的ともいえるほどに荒廃した。

ーー

そしてネット環境が整備されると、当り前のように、この荒廃した知的空間に正面から斬り込む論客が出現した。

もちろんネット環境が大きな発言の場を提供したのだが、ミニコミ誌もネット出現以前から、真摯な議論の場を提供してきたのだった。

著者の吉田氏は、そうしたミニコミ誌で活躍してきた論客の一人である。

ーー吉田氏曰く、

「理性が最後になすべきことは、理性を超える事物が無限にあるということを認めることである。それを認めるところまで至らぬなら、理性は弱いものでしかない」

「神を感ずるのは心であって理性ではない。信仰とはそういうものだ」と。

ーーならば『歴史とは何か』? 吉田氏は言う。

「歴史とは或る観点から語ってのみ成立する言語世界であり、そもそも「或る観点」がなければ、言語世界を『秩序づける』ことは出来まい」

「そして、『或る観点』を設定するのも後世の人間である」

「ならば、事象が『記憶に値する』か否かの選択も後世の人間の手に委ねられているわけだ」

「つまり、歴史はそれを語るわれわれと無関係に独立して存在している実体ではない」

ヨーロッパにおいて歴史は物語りである。

著者は繰り返し、歴史が物語であることを強調されている。

ーー

吉田氏はフランス哲学の泰斗、宮崎大学で教鞭をとりながら拉致被害者運動の陣頭に立って活躍しておられる。

ーー抜粋引用ここまで

戦後、在日・反日勢力が、支那人に対して作り上げた物語についても、日本人は修正するときに来ていると思う。

それは以下の小論を読めば納得できる。

ーー以下「頂門の一針、櫻井よしこコラム」より抜粋編集qazx

通州事件は昭和12(1937)年7月29日払暁に、支那河北省通州で発生した日本人虐殺事件である。

日本人を守るべき立場にあっ た支那人保安隊が一挙に襲いかかり、日本人居留民225人加えて日本軍守備隊32名の計257名を尋常ならざる残酷な方法で殺した。
 
事件発生当時、邦人の安全を担う日本側の警備隊は用務員、小使らを加え ても163名が全てだった。

対する支那人保安隊は城内に3300名、城外に 2500名がいた。
 
この勢力が29日午前3時すぎ、一挙に日本人を襲い始めた。

ーー

悪魔の所業は 加藤氏の『慟哭の通州』もしくは今年出版されたもう1冊の本、『通州事 件 目撃者の証言』(藤岡信勝編著・自由社)に詳しい。
 
支那人は日本人の目を抉り取り、腹部を切り裂いて10m以上も腸を引っ張り出した。

女性を犯したうえで無残に殺した。

何人もの日本人を生きたまま針金で掌を貫いてつなぎ、なぶり殺しにした。

日本人の遺体は全て蓮池に放り込まれ、池は真っ赤に染まった。
 
こうして書いていると息が苦しくなる。

支那人らは悪魔の所業としか思えない残虐な方法で日本人を殺害したのだった。

ーー

しかし多くの日本人がこの重要事件を知らない。

その理由について、『慟哭の通州 昭和 十二年夏の虐殺事件』(飛鳥新社)を上梓した加藤康男氏が非常に重要な ことを指摘している。

「日本政府は戦後一貫して事件のことを口にしていない。奇妙なことだが、日支両国政府がこの事件を『なかったこと』にしてしまっているとしか思えない」
 
支那への配慮からか、同事件に一切触れない外務省だけでなく、北京政府もこの事件を歴史から消し去ろうとしていると加藤氏が言う。

これは加藤氏が、現地を取材したうえでのことだ。

いま事件現場を訪れると、城壁や城門はおろか通州城の面影を示す建物全てが壊されているのだという。

ーー

破壊は90年代に始まり、事件関連の建物の一切合切がすでに消えている。

さらに通州は北京市に編入され、副都心化に向けた建設によって昔日の歴史がきれいさっぱり拭い去られようとしている。

「南京や盧溝橋はもとより、満洲各地にある旧大和ホテルに至るまでが 『対日歴史戦』の遺跡として宣伝利用されていることを考えると、雲泥の差である。『通州虐殺事件』の痕跡は極めて都合が悪いので、完膚なきまでに消し去ったものとしか考えられなかった」

この氏の直感は恐らく当たっていると思う。

ーー

支那人は、自分たちがしでかした悪魔の所業の痕跡の全てを消し去ろうとしている。

それがいま、通州で起きていることなのだ。

支那人は長い時間をかけて歴史を書きかえつつあるのだ。

彼らは、恐らく人類史上最も残虐な民族である。

だからこそ支那人らは、日本人を支那人よりも尚残虐な民族に仕立て上げ、免罪符を得ようとしている。

ーーここまで抜粋編集終わり

最近のトラックバック